短いトンネルの向こうに、薄いクリーム色の鉄橋が見えてくる。
地図によれば、この先が球磨村(くまむら)のようだ。
出口を通過して、視界が一気にひらけたその瞬間。思わず「わっ…」と小さな声が漏れた。
巨大な青緑色の川が、ゴツゴツした岩肌にぶつかりながら流れている。その流れは、白波が立つほどに速い。
日本三急流のひとつ、球磨川。国内の一級河川のなかで、もっとも水質の良好な清流でもあります。
そんな球磨川をはじめとする豊かな自然環境を活かして、観光振興に取り組む地域おこし協力隊を募集します。
ラフティングや鍾乳洞、温泉など。すでに活用されているものもあれば、未開拓の資源にも溢れている球磨村。令和2年の豪雨時には、球磨川が氾濫して多大な被害を受けました。
脅威でもあり、恵みでもある。大きな自然とともにある観光を、1から形づくっていくような仕事です。
熊本県の南部に位置する球磨村。
熊本市と鹿児島市、いずれからも車で1時間半ほどの距離にある。
この村をはじめて訪れた人はきっとみな、球磨川の存在感に驚くと思う。広い川や、細くて流れの急な川なら見たことがあるけれど、これほど大きくて速い川は見たことがない。
道中では、工事中の現場をいくつも見かけた。3年半前の豪雨災害の爪痕だ。
こんなに大きな川が氾濫するって、どういうことだろう…。
スケールの大きさに想像が追いつかないまま走っていたら、役場に到着。まずは村長の松谷さんに話を聞いた。
社会福祉協議会の職員や村議会議員を経て、生まれ育った村に何かできないかと立候補。その就任直後に豪雨災害が起こった。
「これからが一番大事なときだと思うんです。災害から4年目、復旧・復興の土台ができてきて、ようやく観光にも手をつけられる状況になってきた。村には若い方がいないので、意欲のある方を招聘して、球磨村のためにがんばっていただきたいなと」
もともとこのあたりのエリアには、100年以上続く観光の目玉があった。「球磨川くだり」だ。
船頭2人の人力のみで川を下っていくアクティビティで、歌人の与謝野鉄幹・晶子夫妻も楽しんだという。
球磨村内の船着場で降りたあとは、3億年の年月をかけて海底が隆起し、つくられた鍾乳洞「球泉洞(きゅうせんどう)」を探検。お隣の人吉や八代方面へ抜けていく周遊ルートができていた。
ただ、球磨川の形状が変わったことで、10年ほど前に球磨村内を通る急流コースは廃止。その後はラフティングに力を入れて、一時は河岸がボートで埋め尽くされるほどの盛り上がりを見せたものの、その流れも豪雨災害によって途絶えてしまった。
「コロナ禍も重なって、村内の観光事業者は大きな打撃を受けました。みなさん一生懸命されているんですが、単独の取り組みになってしまっていて、つなぎ合わせるものがない。協力すれば、何か新しい動きもつくれそうな気がするんですよね」
今回募集する協力隊には、その先の一歩を、一緒に踏み出してほしい。
とはいえ、どんなことができるだろう? いきなり地域に入っていって「つなぐ」というのは、ハードルが高いように感じる。
「やりたいことは山ほどあるんですよ」
村長に続けて力強く語るのは、復興推進課の松野さん。これから入る人にとって、もっとも身近なパートナーとなる方。
松野さんのやりたいこと、ぜひ教えてください。
「球磨村には、活用できていない資源がたくさんあるんです。川に注目されがちですが、山や地下もおもしろいんですよ」
そう言って、パンフレットを取り出す松野さん。図を見ながら説明してもらう。
「これが球磨村の地形です。大きく3つの台地に分かれていて。北側の秩父帯は1〜2億年前の地層で、メガロドンやサンゴの化石も見つかっています。九州最大級の鍾乳洞『球泉洞』や、日本一大きな開口部をもつ『神瀬石灰洞窟』があるのもこのエリアですね」
今年に入って、大きな発見もあった。洞窟探検家の吉田勝次さんの調査によって、神瀬石灰洞窟の内部に巨大な空間が広がっていることがわかったそうだ。
これもゆくゆくは、球磨村観光の目玉のひとつになるかもしれない。
ほかにも、中央の四万十帯は2500万年〜1億年前の硬い地層で、球磨川らしい急流ならではの景観を形成していたり。南部の地層は1万年〜500万年前の火山活動による堆積物からなっていて、なだらかな棚田をつくり、温泉が湧いていたり。
俯瞰すると、いろんな個性が重なり合った土地であることが見えてくる。
「球磨村は脱炭素の取り組みもしているので、EVバスやE-バイクを使ってクリーンな森林浴ができるコースをつくるとか。古民家を改装して、郷土芸能や地元の料理を楽しめる宿にするとか。球磨村の資源を活かして、コンテンツをもっと開拓していきたいんです」
既存事業者との「つながり」の面では、ラフティング関係事業者と連携すれば、滝遊びをもっと充実させられそう。森林組合は球泉洞も運営しているので、山から地下へと誘うコンテンツの開発や、カルスト台地と絶景を巡るルートの整備などで協力できると思う。
ターゲットはインバウンドの富裕層。いわゆる有名な観光地ではなく、よりディープな日本を知りたい、という人たちに向けた企画を考えている。
「流行りに左右されない、球磨村にしかない資源を活かした体験コンテンツをつくっていきたいんです」
話を聞いていると、たしかに「やりたいことは山ほどある」ように感じる。
じつは、手元のパンフレットも松野さんが一人でつくったもの。
「書道の師範の資格ももっていて。表紙の題字も自分で書いたんです」
映像や写真も撮る。豪雨災害後に「アーカイブくまむら」というプロジェクトを発足し、復興していく村の様子を撮り溜めている。
同時に、災害のアーカイブだけでなく、地域の魅力を発信するための観光プロモーションサイト「エメラルドロード」も立ち上げた。
このサイトは取材前の下調べでも見ていて、てっきり「球磨村はプロモーションにお金をかけているんだなあ」と思っていた。写真も映像もデザインも、まさか一人の仕事だったとは…!
以前に何か関係するお仕事をされていたんですか?
「いや、まったく。もともと絵を描くとか、そういうのはすごく得意だったんですよ」
球磨村出身の松野さん。北陸で森林関係の仕事に携わったあと、地元に戻って教育委員会や産業振興、健康衛生などさまざまな分野で働いてきた。
災害後は復興推進課に配属され、観光部門に関わっている。
「自然のなかに身を置くのも好きで。神々しい夕日を浴びると心が浄化されるし、鳥のさえずりとか、水の音を聴いたり、絶景を撮ったり。自然に浸るのがすごい好きなんです」
「いいところをたくさん知っているからこそ、もったいないなあと思っていました。今はやりたいことを全部形にしていっているところですね」
とはいえ、一人でできることには限界がある。松野さんと一緒に動けるチームをつくって、球磨村の観光をより前に動かしていきたい。
今回入る人は、どんな役割になるでしょう。
「ひとつは山を活かしたコンテンツの開発ですね。できれば即戦力になってくれる方がよくて。ピンポイントで言うと、トレッキングや森林セラピーのコンテンツ開発の経験がある人に来てもらえるとありがたいです」
海外の旅行サイトとの連携や、パンフレットの多言語化など、国外へ向けた発信にも力を入れていきたい。海外経験や語学力のある人が加わってくれるとなおうれしい、とのこと。
また、観光協会の運営体制も今後変わっていく。今は行政職員が事務局を担う村営体制だけれど、一般社団法人を立ち上げ、DMO化して役割を広げていきたい。
新しい組織の立ち上げに向けて、松野さんやほかの職員の方が担ってきた会計・事務の仕事も一部、担うことになると思う。
「盛り盛りすぎても大変だと思うので、まずはその方の得意を活かしてもらえたら」と松野さん。計画が進んで足りないことが見えてきたら、追加で1、2名を採用して、チームとして観光振興に取り組んでいきたいと考えている。
採用にあたっては、地域人材の育成や関係人口創出を全国で担ってきた株式会社さとゆめが支援をしているところ。
今回は一連の採用計画のなかでも、中核を担う人の募集となる。松野さんはどんな人と働きたいですか。
「球磨村を好きになってくれる、熱い人。ただ考えを巡らせて終わりじゃなくて、考えたことをちゃんと行動に移せる人がいいですね」
村長と松野さんの話からは、地元・球磨村への想いが伝わってきた。
一方で、今回応募する人は球磨村を訪ねたことがない人も多いと思う。移住してきた人は、ここでの仕事や暮らしをどう感じているだろう。
話を聞くため、役場から車で20分ほど離れた「田舎の体験交流館さんがうら」へ。ジビエ活用の地域おこし協力隊として活動する浅葉さんが迎えてくれた。
「なんか緊張しますね。めったに若い人に会わないので。シカを見つけるよりむずかしいですよ(笑)」
神奈川・横須賀出身で、ドラッグストアで働いていた浅葉さん。
シカ・イノシシに関わる仕事がしたいと、20歳になってすぐに資格を取得。コツコツと準備を重ねるなかで、たまたま見つけたのが球磨村の募集だった。
「豪雨災害のことは知っていましたけど、どういう場所なのかはまったく知らなかったです」
実際に来てみて、どうですか。
「球磨村は温かい人が多くて、すぐに受け入れてもらえる感じがありました。79個の集落があるんですが、どこも少人数で形成されていて、ここは17人。村長もすぐそこに住んでいますよ」
「驚いたのは、集落名がそのまま苗字になっている人が多いから、下の名前で呼び合うんです。最初は苦労しましたけど、そういうところもなんかいいですよね」
雇用形態は、役場の会計年度任用職員ではなく、業務委託型。
有害鳥獣の対策やジビエ活用は外仕事が中心なので、役場で仕事をしたことは一度もないという。
今回募集する観光振興の協力隊にとっても、自分からどんどん外に出ていくことは必要だと思う。
「地域行事には積極的に参加するようにしています。地域の方が一番その土地に詳しいので、『あそこにいい獣道があったよ』とかって情報も、そこで得られる。観光にしても、まずは地域を知ることから。コミュニケーションがやっぱり大事ですよね」
自分から動けば、いろんな魅力が見えてくる土地だと思います。
できれば一度、球磨村を訪ねてほしい。むずかしければ、松野さんが制作したサイト「エメラルドロード」を覗いてみてほしいです。
キラッと光るものを感じたら、それを磨いてより多くの人に届けていくことが自分の仕事になるかもしれません。
(2024/2/2 取材 中川晃輔)
球磨村役場では、事業プロデュース会社のさとゆめが採用支援に関わっています。どのような考えで、地域おこし協力隊という制度を活用しているのか。コラムで紹介しています。
3月21日には、さとゆめの横山さんと一緒に、東京・清澄白河のリトルトーキョーでしごとバーを開催します。配信もあるので、よければ覗いてみてください。
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