いつ誰が来ても、どんな過ごし方をしてもいい。
休んだり、ケンカしたり、一緒にご飯を食べたり。
日常の積み重ねが、誰かの成長につながっている。
神奈川・横須賀の団地の一室にある小さな図書館「ツクマル」では、そんな時間が流れています。
特定非営利活動法人プラットファームは、さまざまな人が暮らす地域で、「場」づくりを通して、安心できる時間や人との関わりを育む活動をしています。
活動の軸としてつくられたのが、私設の図書館。
横須賀市内に3ヶ所あり、近所に住む子どもたちや親御さん、高齢者など、さまざまな人が訪れる地域の居場所になっています。
今回は「ツクマル」という、津久井浜にある私設図書館で場の運営をするスタッフを募集します。
日々訪れる人たちの様子を見守ったり、話し相手になったり。ときに学校や行政、他団体や地域の事業者などと連携して、適切なサポートをする。さまざまな人と関わり、つなぎ役になる存在です。
あわせて広報スタッフと、横須賀市近郊で訪問サポートをするスタッフも探しています。
大切にしているのは、何かをしてあげたいという奉仕の気持ちより、人と人としてありのまま接すること。
専門的な資格や経験はないけれど、地域のコミュニティづくりに関わってみたい人。横須賀周辺で、子どもや高齢者、福祉への関わりしろを探している人には、ぴったりの仕事だと思います。
品川から京急線に乗車。
横浜、横須賀中央を通り過ぎ、1時間で到着したのは津久井浜駅。
ホームへ降り立つとトンビの鳴く声が。海の近さを感じる。
駅を出て、細い路地と坂道を進むと、5分ほどで「津久井浜団地」に着いた。
団地のすぐ隣には保育園、小中学校も歩いて通える距離にある。
図書館があるのは1号棟と8号棟。
今回は、事務所のある1号棟の101号室へ。
入り口には、「ツクマル」の文字と海が描かれている看板が。8号棟に次いで開設されたため、子どもたちからは「にこまる」と呼ばれているのだとか。
扉を開けると、奥に本棚が見える。
ふすまや畳、間接照明や食器棚。「図書館」というより、友だちの家に遊びに来たような感覚。
間取りは、3DK。リノベーションされた室内は、南から入る光であたたかい。
一部屋は事務所になっていて、運営スタッフのミーティングなどに使われている。
カラッとした笑顔で迎えてくれたのは、プラットファームの理事を務める北川さん。ここに来る人たちからは「ゆっこさん」と呼ばれている。
横須賀市内に3つの私設図書館を開いているプラットファーム。3番目の拠点として2022年にツクマルがオープンした。
2019年にプラットファームを立ち上げた北川さん。
以前はデザイン事務所のマネージャーをしていたそう。
「学生のころから、人の心について関心があったんです。でも、専門職に就くことは進みたい道とは違う気がしていて。働きながら夜間大学に通って、心理学の基礎を学んでいました」
学んでいくうちに、幼年期についた心の傷がその後の成長に大きく影響することを知った北川さん。
「子どもの心の傷に、周りの大人が気づくのは難しいですし、気づいたとしても専門的な知識や経験がない素人ができることはほとんどないと感じて。それでも、子どもたちが『このまちなら楽しく生きていける』、と感じられるような仕組みや場所が必要だと思いました」
「クリエイティブって、伝えたいことを伝えられる形にすること。私は専門的な資格は持っていないけれど、地域で暮らす一員だからこそできる伝え方があるんじゃないかと思ったんです」
伝えたいことを伝えられる形にする。
図書館になったのはどうしてだろう。
「『困っていることありますか。相談してください』って言葉で伝えても意味がなくて。そもそも、知らない人に個人的なことを話すのは難しいですよね」
「カフェでもいいな、と考えたけれど、食事をするのにお金を払う必要が出てくるし、サービスする人とされる人で役割が決まってしまう。そうではなくて、もっとフラットに、自分にとってほどよい距離感で過ごせる場所にしたいんです」
誰でもどんな状況でも、自分で必要な情報を見つけて、救いになったり何かを得られたりする場所。それが図書館だった。
「もうひとつ、本から得られる情報に限らず、人との交流が生まれて、自分自身の支えになる人を見つけられる場にもできたらと思っています」
2020年、横須賀市内の古いアパートの一室に図書館を開設。その後、商店街の空き店舗にひとつ、そして津久井浜団地に「ツクマル」がオープンした。
「ここには、未就学児の子から大学生、大人も高齢者も来ていて。なかには、誰かに相談したいけれどできない悩みを持つ人もいるし、そうでない人もいる。さまざまですね」
本を読む人もいれば、おしゃべりしたり遊んだり、人との関わりを楽しんでいる人も多く集まるそう。
「団地は、いろんな世代が生活している場所。たまたま知り合いや行政の方とご縁があったからこの場所に開設できたのですが、生活と近い距離にあるよさを感じています」
わざわざ通うとなると、子どもや高齢者にとっては難しいこともある。けれど、学校の帰り道や買い物へ行くついでなど、生活圏内にツクマルがあることで立ち寄りやすい。
立ち寄りやすさは立地だけではなく、ツクマルの部屋からも感じられる。
棚には本が並べられていて、キッチンには冷蔵庫や電子レンジが。誰かがつくった絵や飾りもある。
物はたくさんあるけれど、定位置にきちんと置かれていて、居心地がいい。
そんな空間づくりも大切にしていること。
「几帳面なわけではないけれど、『なんか整っている感じがする』って体感してもらえたらって」
「散らかっていると、誰かがお花を飾ってくれたとしても、変化に気づきにくいですよね。ここには、みんながいろんなものを持ち寄ってくる。そこに目が行き届くのは、いろんな人の価値観に気づくことにもつながると思うんです」
自分では思いつかないことに出会えたり、人と触れ合ったり。
そうやって刺激を受けることで、また新しいものが生まれる。それは、この空間が安心安全だからできることだと思う。
そんな空間をつくっているのがツクマルの運営スタッフ。
5名いるスタッフのうち、相談コーディネーター役を担っているのが横山さん。プラットファームが運営する別の図書館での活動を経て、2年前にツクマルへ。
パートタイムスタッフとして週に3日ほど、学童の仕事と並行して働いている。
新たなスタッフは、横山さんと同じ業務を担当することになる。
「ツクマルには運営スタッフのほかに、地域の人が任意で、ツクマルで過ごしながらみんなの様子を気にかけてくれる『見守りさん』という存在がいて。見守りさんがいてくれる日に、ツクマルを開けています」
「『この日に見守りさんをやります』と宣言している方は、5人くらい。来たときに自然と見てくれている人もいて、明確な線引きはしていないんです」
見守りさんには、多世代と関わりたい若者や近所に住む主婦の方などさまざまな人がいる。お互いにあだ名で呼び合う関係性で、本名を知らないこともあるのだとか。
「パッと見て、誰がスタッフで見守りさんで来館者なのかわからない。肩書きにとらわれないからこそ、私は私って素のまま接することができる。だからストレスが少ないですね」
ツクマルがオープンする日は、週に3〜5日ほど。開所時間も見守りさんのタイミングに合わせているため、とくに決まっていない。
「ここに来ることで、『自分も何かやってみたい』と思ってもらえるような仕掛けもつくっていて。子ども向けと高齢者向けと多世代向けの3つを軸に、イベントを企画・開催しています」
認知症予防の講座や、ゲストを呼んだミニコンサートなど。ほかにも団地内で移動図書館をしたり、外部のイベントで図書館を開いたりすることもあったそう。
だんだんと、近所の人がクッキーづくりの企画をしたり、見守りさんのなかで編み物教室を定期的に開いてくれたり。
最近では、「秘密基地をつくりたい」と子どもたちが企画し、押し入れをみんなで改装することも。
「まずは運営側がやってみると、結果的に誰かのやりたいにつながるんですよね」
「私たちが企画しなくても、どんどんやりたいことが自然に形になっていくように、きっかけづくりをしています」
やりたいことがあれば、手伝ってくれる人が身の回りにいる。それを感じられることが次の一歩につながっていく。
オープンしていない日は、団地内を歩いて住民と立ち話をしたり、小学校や介護・福祉事業所などへツクマルの紹介のチラシを配ったり、イベントの呼びかけをおこなったり。
「できるだけ会いに行くとか、連絡を取るとか。つながり続けることは意識しています」
「私たちは専門家ではないので、問題が起きてもここで解決できるとは思っていなくて。必要なところにつなぐこと、つなぐ先が常にある状態にしておくことを心がけています」
たとえば、見守りさんから「足腰が悪く外出をしづらい住民がいる」、「帰りしぶりをする子どもがいる」と、相談を受けることもある。
運営スタッフで話し合うこともあれば、頻度は少ないけれど学校や行政に直接相談に行く場合も。
「気にかかる人が利用しそうな時間帯は、なるべく私たちもその場にいるようにしたり、見守りさんへ何度も話を聞いたりして、利用者も見守りさんも落ち着いて対応できるような環境づくりもしています」
「つながりを広げることも大切です。『実は気になっていました』って話してくれるご近所さんもよくいらっしゃるんです。子どもより大人のほうが、なかなか入れないという方が多くて。なので、こちらから声をかけるようにしています」
ツクマルを利用する人や、見守りさんとして関わってくれる人が増えていくことで、「つながりがある」という安心感が地域住民のあいだにも生まれていく。
「一般的な図書館は受付があって、貸し借り管理をしますよね。でもこの場所は、管理はしないんです。『屋根のある公園』みたいなだなって」
屋根のある公園?
「近所で遊んでいる子どもが、『トイレを借ります!』、『喉乾いた!』って来たり、『気になった本があって、私物の本と交換していいですか』っていう方もいる。気が向いたら戻してくださいねって言って、返ってこない本とかもありますよ(笑)」
誰でもどんな過ごし方をしてもいい。思いっきりころべるし、失敗しても受け入れてくれる。
そんなふうに素直に自由に過ごせる場所って、多くないと思う。
やってあげるよりも、やってみたいを支えながら。どんな人ものびのびと過ごせる場をつくっている人たちです。
そんなあり方に共感できたら、まずは、ツクマルのドアを開けてみてください。
(2025/01/21 取材 大津恵理子)
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子どもも大人も
伸びたいほうへ育っていく first appeared on 日本仕事百貨.