楽しそう。
取材中、何度もそう感じました。
東京都の西部、奥多摩・御岳エリアにある「あさぎや みたけ」は、古民家を改修したカフェと一棟貸しの宿。運営しているのは、ホテルのコンサルティングや設計を手がける、やどプランニングです。
メインで運営しているのは、代表の理恵さん。平日はクライアントワークがあるため、営業は週末のみ。
自分の好きなコーヒー屋さんの豆を仕入れたり、通っていたカレー教室の先生からスパイスを仕入れたり。知り合いの農家さんが育てた甘夏でパフェもつくるし、地元の酒造メーカーをお招きして、お酒を学ぶワークショップを開いたことも。
自分の好きを大切に、季節の移ろいや地域の人との交流も楽しみながら、運営しています。
この場をより魅力的にしていくため、新しいスタッフを募集します。
カフェと宿の基本的な運営にくわえて、みんなが楽しめるようなイベントや行事も進めていってほしいです。仕事!というより、暮らしが仕事につながるイメージ。
興味があれば、自分でメニュー開発や仕入れ先の開拓などをしてみるのも良さそう。まずは副業やアルバイトで関わりたい、という人もお待ちしています。
新宿駅からJR中央線に乗って、ひたすら西へ。
青梅駅で電車を乗り継ぎ、徐々に山あいへと入っていく。眼下に見えるのは、多摩川。都心からアクセスも良く、豊かな自然を見ることができて気持ちがいい。
合計2時間ほどで、最寄りの御嶽駅に到着。
改札を抜けて、目の前の橋を渡る。栗林を抜けた先に、立派な家屋が見えてきた。ここが、あさぎや みたけ。母屋がカフェで、裏手にある蔵を宿として運営しているそう。
暖簾をくぐり、引き戸を開けて建物の中へ入る。
昔からある建材を活かした、シンプルな空間。統一感はありつつ、照明が一つひとつ異なっていたり、場所によって壁の仕上げも変えていたり、遊び心も感じる。
「ここは築85年で、蔵は128年なんですよ」
教えてくれたのは、オーナーの紺野さん。サラリーマンを25年ほど勤めたあとに独立し、いまは主に、商業物件の不動産業をしている。となりは、代表の理恵さん。まずは紺野さんに、物件の購入経緯について聞いてみる。
「新しく物件を探していたときに、友人から、御岳が素晴らしい場所だと教えてもらって。実際に訪れてみると、遊びの選択肢がたくさんある。川で釣りもできるし、カヤック、SUP、ラフティングなどのリバースポーツも盛んで」
「サラリーマン時代に訪れた別荘地は、どこにいっても大概やることの選択肢が決まってたんですよね。ここで食事をして、あそこで景色を見て、温泉に浸かっておしまいとか」
似たり寄ったりの観光ではなく、その土地ならではの可能性を感じたい。奥多摩・御岳エリアにはそんな広がりを感じることができた。
さらに見つけた御岳の物件は駅からも近く、多摩川も目と鼻の先。山間地では珍しい、平らで広大な敷地。古民家と蔵、庭と栗林。この場所にも広がりを感じ、購入を決意した。
ただ、自分ひとりで運営を担うことはむずかしい。
そんなとき、ちょうど奥多摩・御岳エリアでカフェや宿泊施設をつくりたいと考えていた、やどプランニングの理恵さんと出会う。
理恵さんは、前職ではホテルの開業やリノベーションなどのPM、インテリア設計などをおこなっていた。勤めていた8年間で、およそ4000室をつくるほど、ラグジュアリーからビジネスホテルまでガンガン開発していたそう。
やさしい雰囲気がありながらも、ハキハキと話す気持ちの言い方。
「やりきったところもあったし、これからの時代、もっと旅の体験を提供できるような施設をつくりたいと思ったんですよね」
旅の体験?
「いまは生産性や効率性の影響もあって、ホテルが画一化されていると思うんです。でも昔ってそんなに高級じゃなくても、すてきな接客をする人がいたり、建物も自然素材で丁寧につくられていたり」
「その場所でしかできない体験って楽しかったし、ずっと覚えている。そういうものを提供したいと思って独立しました」
2019年にやどプランニング株式会社を創業し、ホテルのコンサルティングや建築・インテリア設計などを手がけていた理恵さん。
出身が中央線沿いで、馴染みのあった奥多摩・御岳エリアで物件を探すことに。知り合いづてに紺野さんを紹介してもらい、理恵さん自ら内装とインテリアの設計を担当。2022年の7月に、あさぎや みたけをオープンした。
カフェの料理メニューも、すべて理恵さんの考案。
季節ごとに変わるパフェ、通っていたカレー教室の先生からスパイスを仕入れ、地域の畜産店で購入した豚の肩ロースをミンチにして、キーマカレーにするなど。季節や気分にあわせて、メニューを日々更新している。
一棟貸しの宿は、カフェの裏手にある二階建ての蔵をリノベーションしてオープン。一階に水回りが整っていて、二階が寝室。余計な装飾はせず、128年もの月日を経た空間をダイレクトに感じることができる。
運営の流れは、朝10時からオープン準備をして、11時半から営業開始。18時まで調理や接客など営業をして片付け、19時には帰宅する。お客さんは、登山客をはじめ、若者や外国人観光客などさまざま。カフェに行列ができることもあるという。
宿泊については、オンラインシステムをつかって予約管理。宿泊者とのメッセージや、チェックイン・アウトの対応、リネン交換に清掃など、事務作業や力仕事も。
「パートナーの誕生日プレゼントをこの時間に部屋に運んでほしいとか、カフェが混雑してるときにチェックインが重なるとか。いろいろ大変なこともありますよね」
「宿泊される方は、木造建築や蔵での暮らしに憧れて訪れてくださるんですけど、『新しい体験だった』と言っていただくこともあって。自然も、人も、まだ知られていない御岳の魅力を知って満足してもらえると、やっててよかったなって思います」
現状は、理恵さんが土日休みにカフェを開けている状況。この場をさらに育てていくため、新しく人を募集することになった。
「たとえば、カフェも営業日を増やせたらいいなとか。宿泊される方のごはん提供もしたいとか」
「あとは、インストラクターの資格のあるスタッフがいるので、オプションでピラティスをやってもらうとか。リバーアクティビティの先生や、茶道の有名な先生も近くに住んでいるので、いろいろな体験をご提供できると思うんですね」
先日は、連続6回におよぶ日本酒のイベントを実施。ご近所で地酒をつくる酒造メーカーの会長さんを講師に招いた。
「新しく入る人には、一過性のイベントで終わるのではなく、地元の人にも還元できるように関わってほしい。それって自分が心から楽しんでたり、人を喜ばせたいと思ってないと、できないと思うんですよね」
いまはオーナーの紺野さんや理恵さんを中心に、裏手の敷地で季節ごとに催しものをしているそう。年末は、みんなで餅つきとおでんを食べた。
「餅つきをするために、杵と臼を探していたんです。そしたら、地元の70歳ぐらいのマダムが知り合いに電話をしてくれて。『あ、なんとかさん。何日に餅つきするから、杵と臼貸してよ。あんたも来るでしょ』みたいな。あの1発でもうすべてが決まった(笑)」
当日は理恵さんのお友だち、紺野さんのお友だち、地域で仲良くなった方たちなど総勢40人ほどが集まったという。
「蒸し器を持ってくる人がいたり、家庭菜園で育てた大根を持ってくる方がいたり。それぞれが何かしらを持ち寄って。それから紺野さんの友だちの外国人の方が、弾き語りもしてくれて。カオスな状況でしたよ(笑)」
「あの餅つきは盛大だったね。みんな楽しそうにしてる姿がよかった」と紺野さんも微笑む。
「だいたいいつも30〜40人ぐらいは集まるんですよ。ただみんなで集まって、何かのテーマで楽しもうって感じでやるとそんな人数になる」
「栗林の下に駐車場があって、地域の方に貸しているんですね。そこで非常に輪が広がりました。あとはここを整備するときに林業の方と親しくなりまして。高所作業の講習場所としても場所の提供をしているんです」
そのお返しに、カヤックの用具を借りて川へ一緒に行ったり。庭の木の伐採をしてもらったり。
「金銭の利益で動くのではなく、一対一のお付き合いで出来上がっているんです」
紺野さんのように、一人ひとりと向き合い、関係を築いていけると、地域での活動に広がりが生まれていくと思う。
アルバイトスタッフの吉井さんが、あさぎやを知ったのも、ひょんなご縁から。本業は東京・原宿で、コンディショニングサロンを開いている。
「5年ぐらい前から、奥多摩にSUPを教わりに来ていて。SUPの先生が、紺野さんから駐車場を借りていて、あさぎやのことを教えてもらったんです」
「将来は自然のなかで暮らしながら、民宿とかもやってみたいと思っていて。ちょうどアルバイト募集をしていたので、ピンと来たんです」
まずはこっそり来店してみることに。
「コーヒーもすごく美味しかったし、キーマカレーとパフェまで全部食べちゃいました。空間や接客も、すごく心地よくて。このテイスト好きだなって思いました」
初出勤日はいかがでした?
「朝のミーティングでは、今日はそんなに来ないと思うよって言われたんですけど、オープンと同時にぐわーって来られて。ええ、みたいな(笑)」
「もともと飲食やホテルでの勤務経験もあったので、とりあえずレジ対応して、気づいたら18時になって閉店みたいな感じでした」
大変でしたね。
「あ、でも。そう、初日に入って1番感動したのは、縁側の雨戸をガラガラ開けたこと。こういう仕掛けになっているんだって。ほかにも鍵のかけ方とか、古民家ならではの発見があって面白いなって思いました」
朝礼は、みんなでコーヒーを淹れる練習からはじまる。料理のレシピもあるので、一つずつ覚えていけば大丈夫、とのこと。
「遊び心のある人ばっかりなので、そういう方が向いてるかなって。いろんなことをやってみたい気持ちがある人だと楽しいと思います」
「生活力はけっこう大事かな」と代表の理恵さん。
「お庭にブルーベリーの樹があって、そろそろ収穫かなと思っていたら、鳥に食べられてるとか。やっぱり鳥も1番おいしい時期を待ってるんですよね。もぐらもよく出て、庭を荒らすし。樋に枯葉が詰まって掃除しなきゃとか」
「夏は虫が出るし、冬はかなり冷え込みます。終電は23時ごろまであるけど、近くにコンビニやスーパーはないので、車が運転できるといいと思います。それから地域の人との関わりも多いので、そこに抵抗がない人かな」
理恵さんが話してくれた言葉が印象に残っています。
「やっぱりこの場所を増強していきたいんですね。別に地方創生をしようとか考えていなくて。御岳での活動が楽しいから、純粋に楽しめる場所があればいいなって」
「結果としてまちが潤って、それで人が集まってくればいいじゃん、ぐらいの感じなんです」
季節も行事も、交流も生き物も。楽しむことを妥協せずに、つくりあげてきた場所。
肩の力を抜いて、飛び込んでみてほしいです。
(2025/03/06 取材 杉本丞)